FC2ブログ
HOME   »  スポンサー広告  »  スポンサーサイト   »  この身体、この精神  »  病との闘いで得たもの

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


ランキングに参加しています。下のバナーをクリックしていただけたら、ありがたいです。


人気ブログランキングへ

病との闘いで得たもの

 私にとって病との闘いとは何だったのかとよく考える。あの闘いにおいて、私はけして負けはしなかった。しかし、だからといって何か具体的なものを勝ち取ったという確信を持てず、結局単に気分や感覚をいじくっていただけではないのかと思うこともあった。しかし、今考えればそれは一つの始まりでもあった。そこで、ここでは病との闘いで何を得たのか、今考えていることをまとめておく。

 瞑想は私の意識に極度の集中と静かで力強い落ち着きをもたらし、そのことによって全身を覆う圧倒的な不快感を捩じ伏せた。もともとは絶望感に支配されるとともに、体全体に何かが重くのしかかるようにだるく、体を起こしているのも辛かった。また、体中の細胞一つひとつがぐったりとだるい感じがして、意識があるだけで辛かった。それで、全身を覆う圧倒的な不快感を振りきるための集中力を得るために自己流の瞑想をした。また、感覚の変化や考えたことをとにかく書いて、自らの感覚や思考を客観化しようとした。やがて、瞑想は極度の集中力と静かで力強い落ち着きを私の意識にもたらした。そして、それは全身を覆う圧倒的な不快感を捩じ伏せた。

 病との戦いの中で、自分自身のさまざまな部分や属性が私から剥がれ落ち、客観化と関与の対象となった。まず、自分自身に意識を集中することで、それまでこだわっていた何が出来るとか出来ないといったことを、単なる自己の断片的属性と捉えるようになった。そして、それらはそれらが属するところの自己の主体から剥がれ落ち、客観化と関与の対象となった。そのようにして、自分自身のさまざまな部分や属性が主体から剥がれ落ち、客観化と関与の対象となっていった。

 病との闘いの中で、私は自己の内面を客観化する技術を得た。病との闘いの中で生まれた内面の激しい葛藤と感情の渦が思考を駆り、私の意識は冷静さと落ち着きを増していった。その新たに生まれた心理状態により、日常的な気分や感覚の外に出て、さまざまな気分や自己の属性を客観化と関与の対象としていった。そのようにして、私は自己の内面を客観化する技術を得た。

 以上のように、私は瞑想によってもたらされた極度の集中と静かで力強い落ち着きによって、全身に纏わりつく圧倒的な不快感を捩じ伏せるとともに、自己の内面を客観化する技術を得た。しかし次の問題として、それらは全て自己の内面で起きたことであり、それだけでは具体的な意欲や行動には繋がらないということがあった。その点に関しては、いずれまた書こう。



ランキングに参加しています。下のバナーをクリックしていただけたら、ありがたいです。


人気ブログランキングへ

Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

三室戸弘毅

  • Author:三室戸弘毅
  • 40代。男性。
    うつ病をきっかけに、15の頃から20年以上ひきこもってます。
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のコメント
最近のトラックバック
最近の記事
アルバム
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。