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目的意識の構築 第一回 「病に陥るまで」

 


 病との闘いの中で、生きる実感は大きく変わった。しかし、今の私には目的意識が欠けている。そこでこれから数回にわたってこれまでの経緯を振り返りながら、私にとって目的意識の構築とはどういうことなのかを、明らかにしていこうと思う。そして、今回は子供時代の私が、どのように精神を病んでいったかを書く。



 まず、私がどんな子供だったかを書いておこう。



 子供の頃、私は自分を特別な存在であると感じていた。だが、それは誇大妄想とか、自己顕示欲が強いとか、そういうことではない。むしろ、それは自分がどういう人間かという判断以前の、暑いとか寒いとかいった感覚と同じ次元の直感的実感だった。また、それは私が存在しなければ、この世界は成り立たないのではないかとさえ思えるほどの強烈な感覚だった。いわばそれは何らかの経験や考えから生まれたものではなく、根拠を必要としない感覚である。だから、何らかの経験や考えによって否定されるものでもなかった。



 私は自分のことが嫌いだった。喘息持ちで貧弱な運動神経に欠けた肉体を持ち、内心他人を見下しながら、そのくせ臆病な人間だった。そして、そんな自分を醜い人間だと思っていたし、恥ずかしいと感じていた。しかし、それでも同時に自分を特別な存在だとも感じていた。つまり、自分は特別な存在であるという感覚は自分はどんな人間かという判断以前の感覚ではあったが、自分はどんな人間かという自己イメージにも影響を与えていたのである。そして、自分自身への失望と、自分は何か特別な存在なのではないかという感覚との間の乖離は私を戸惑わせた。



 やがて自分がこの世界をどうしたいのかがわからないと感じるようになる。小学生の頃は、物理学者になりたかった。しかし、中学生になる頃には科学によってこの世界の全てを知ることは出来ないし、仮に出来たとしてそれが何になるのかと思うようになった。要するに、科学によって自分がこの世界をどうしたいのかがわからなかったのである。



 ここまでをまとめると、私は自分を特別な存在であると感じていたが、実際の私は喘息持ちで貧弱な肉体を持つ臆病な人間であり、そんな自分が嫌いだった。そして、やがて自分はこの世界をどうしたいのかがわからないと感じるようになったということである。



 次に、精神を病む前にどんなことに悩んでいたかを書いておく。



 何も彼もが虚しくて仕方なかった。なぜなら、世界は雑多な事物の集積にしか見えなかったからだ。だから、何をしたところで、何かを右から左に動かしたり、左から右に動かしたりしているだけのことだと思っていた。それが子供時代に私が最初に獲得した世界観であり、人生観である。



 自らの個体としての肉体やその性格というものがあるのは理解していたが、そのような具体的性質よりも自らの主体性とは何かとか、本当にそのようなものが存在するのかといった抽象的なことばかり考えていた。なぜなら、私は自らの貧弱な肉体に失望し、それを軽蔑していたからだ。だから、精神こそが自らの存在の核心だと思っていた。そして、当時の私にとって精神とは何かといえば、主体性であり、意志であった。



 私は自らの存在そのものに疑問を抱くようになった。というのも、私には自らの意志の形成過程がまるでわからなかったのだ。例えば、自分の判断が好き嫌いの感情に影響を受けるとする。しかし、私は自分の意志で何かを好きになったり、嫌いになったりしているわけではない。気がつくと何かが好きだったり、嫌いだったりする。自らの判断がそのような得体の知れないものに左右されるとしたら、そんなものを自分の意志と言えるだろうか。そして、主体性や意志というものを自らの存在の核心であると考えていた私にとって、その疑問は自らの存在の根拠に対する疑問に直結する致命的な問題だった。やがて自分は本当に存在するのかという疑問を感じるようになる。そして、それは奈落の底に落ちていくような不気味な不安となり私を悩ませた。



 病に陥る前に何に悩んでいたかと言えば、つまりにこの世界が雑多な事物の集積にしか見えず、何も彼もが虚しく思えて仕方なかったということだ。また、自らの意志の形成過程がまるでわからなかった。そして、それは意志や主体性こそ自らの存在の核心だと考えていた私にとって、自らの存在そのものへの疑念へと直結する致命的な問題だった。



 最後に、どのように精神を病んでいったかを書いておこう。



 私は強いプレッシャーを感じながら生きていた。この世界にも、自分を含めたどんな人間にも価値を見出せなかった。そして、周囲の大人を見ても、私を満足させるようなことを知っているようにも、出来るようにも見えなかった。つまり、単に大人になるだけでは何も解決しないようなのだ。だから、周囲と同じことをしていても、駄目なのだと思ったのである。要するに、私は未だかつてない誰とも違う何者かにならなければならないと感じた。しかし、それが具体的にどういうことなのかはまるでわからなかった。そして、それはとてつもないプレッシャーであった。



 やがて私は、受験勉強にのめり込むようになる。巨大な無気力が背後に迫るのを、はっきりと感じていた。そして、それに飲み込まれれば、完全に身動きが取れなくなるだろうと思った。ちょうどその頃、高校受験を控えていた。そして、背後に迫る無気力から逃れるように、無理やりアクセルを踏み込み、受験勉強にのめり込んでいった。



 どのようにして、精神を病んだか。苦悩の中で、自分の求めているものが単なる競争によって得られるものではないとわかっていながら、逃げるように受験勉強にのめり込んでいった。逃避の中で葛藤は増し、葛藤が増せばそれから逃れるためにさらに無理やりアクセルを踏み込んだ。やがて、圧倒的な虚無感と不安の中で、もはや自分が何をしようとしているのかすらわからないほどの疲労感だけが生きる実感となっていった。そして、いつの間にか私は、すっかり投げやりな気分になっていた。結局得るものもないまま全てが空回りし、やがて神経を摩り減らした私は精神を病んだ。



 私がどのように精神を病んでいったかと言えば、要するに自分は未だかつてない人間にならなければならないという強いプレッシャーの中で生きていたということだ。そして、背後に迫る無気力から逃れるように、受験勉強にのめり込んでいった。結局、葛藤と逃避の中で神経を摩り減らした私は、精神を病んだ。



 以上私がどんな子供で、どのように病に陥っていったかを書いてきた。自分は特別な存在であるという強烈な実感の中で、私はこの世界にも自分自身にも他人にもすっかり失望していた。そして、未だかつてない人間にならなければならないという強いプレシャーの中で生きていた。また、この世界が雑多な事物の集積にしか見えず、何も彼もが虚しく感じられた。さらに、意志や主体性こそ自らの存在の核心であると考えながら、自らの意志の形成過程がまるでわからなかった。そして、それは私にとって致命的な問題だった。やがて背後に迫る巨大な無気力から逃れるように、受験勉強にのめり込んでいく。そして、葛藤と逃避の中で神経を摩り減らし、とうとう精神を病んだ。




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はじめまして。
はじめまして。
自分のブログの足跡から、やって来ました。
訪問者リストから、足跡を追ってみる事はほとんどしない私なのですが、何となくこちらのブログは気になりまして・・・日記を少し読ませていただきました。

弘毅さんは、きっとすごく頭の良い方なんだろうな~と思いました。そして、自分の事、世間の事、いろいろ真剣にいつも考えてられる方なのかな?とも思いました。

我が家には、6歳になる自閉症という障がいをもった子がいます。毎日、小児精神科の主治医の先生から処方された安定剤的なお薬も飲んでいて、私自身も、今、パニック障害という病気で、薬を飲んでる状態です。

弘毅さんの日記を読んでると、同じ境遇ではないのですが、何となく人生に苦悩する様子が伺えて・・・きっと、しんどい思いをされてるんだろうな~と感じます。

安易なことは言えないのですが、一日でも楽しいな~と過ごせる日が増えますように・・・。

そして、どんな境遇でも、ラッキーだと思えるようになったらずいぶん気持ちも楽になるかもしれません^^

のんびり、のんびり、少しずつ、今出来る事を楽しめるようになるといいですね★
あゆじろうさん、はじめまして。

わざわざ丁寧なコメントありがとうございます。

確かに生きることに大きな負荷を感じてはいますが、
もっと自分を鍛えてその負荷に耐えられるようになりたいものです。

私は自閉症の方に実際にお会いしたことがないので、
具体的なことはわかりませんが、
無理に周りに合わせようとするより、
むしろそういう自分自身に上手く適応して気分的に落ち着けるようになれたら良いですね。
見当違いなことを言っていたらすいません。

御自身のパニック障害も克服できることを祈っております。
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プロフィール

三室戸弘毅

  • Author:三室戸弘毅
  • 40代。男性。
    うつ病をきっかけに、15の頃から20年以上ひきこもってます。
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