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生き抜く決意をするまで




 なかなか今抱えている問題を上手く整理できない。だから考察カテゴリで何回かにわたって、過去に遡ってもう少し丁寧に今までの経過を見ていこうと思う。つまり結論を急いで現在から過去を見下ろすのではなく、過去の記憶からゆっくり丹念に思考を積み上げてみるのだ。そして今回は虚無感の中で、生き抜く決意をするまでの経過について書く。ちなみにこれは全て10代のころの話である。すなわち、20年以上も前のことだ。そして、これが長いひきこもり生活の出発点であった。



虚無感に飲み込まれる前の状況



 まず虚無感に飲み込まれる前の状況について書いておく。



 私は周囲の大人たちからは好かれていなかった。なぜなら特に教師たちには、私が意欲に欠けた捻くれ者か怠け者に見えていたであろうからである。というのも、もともと体の弱かった私は活発なタイプではなかった。それに加えて「なぜ虚無感は消えたのか」で書いたように、虚無感を抱えるようになっていた。だから常に疲れて、憂鬱な顔をしていたことだろう。そしてそのような状態であるために、欠席や遅刻が多かったし、課題をきちんとやることも難しかった。



 周囲の大人たちに失望を感じていた。なぜなら周囲の大人たちの言ったり、やったりすることが表面的で内容のないものに見えて仕方なかったからである。例えば「お前は勉強は出来るかもしれないが、人間的にはどうなのか」というようなことをよく言われた。しかし「人間的にどうなのか」などと大げさなことを言っておきながら、その意味を納得の行く形で説明する者はいなかった。また、彼らが私の苦悩に答えを与えてくれるようにも見えなかった。



 私にとって学校は、退屈で無意味な場所でしかなかった。まず教師である大人たちに失望していた。またクラスメートたちは、私の苦悩をよそに能天気にただ騒いでいるようにしか見えなかった。つまり、彼らを無神経で気の利かない連中だと見下していたのである。だから、いつしか彼らから距離を置くようになった。すなわち顔を合わせれば話もするが、学校の外でわざわざ会おうというほどの関心はなかったということである。



 要するに、周囲の大人にもクラスメートにも失望していたということである。まず大人たちは体が弱く活発なタイプではない私に、表面的な批判を向けるだけであった。また、私の苦悩に答えを与えてくれるようには見えなかった。そして私の苦悩をよそにただ騒いでいるだけに見えるクラスメートたちにも、関心を持てなかったのである。つまり、私にとって学校は退屈で無意味な場所でしかなかった。



虚無感への崩落



 次に、どのように虚無感に飲み込まれていったのかを書く。



 自分にも他人にも社会にも、何の価値も見い出せずにいた。まず「なぜ虚無感は消えたのか」で書いたように、自分の内面に実感が持てずにいた。すなわち自分を自動的に動く、肉と骨の塊に過ぎなく感じていた。そして、クラスメートたちに関心が持てなかった。また大人である教師たちにも、失望を抱いていた。さらに大人である教師への失望は、学校の先にある社会への失望でもある。そのようにして虚無感は膨らみ上がるばかりであった。



 受験勉強に傾倒するようになった。なぜなら虚無感に苛まれ、常に疲れ果て憂鬱だったからである。そして背後に巨大な無気力が迫るのを感じていた。つまりそのように何かに打ち込んでいなければ、その背後に迫る無気力に飲み込まれてしまう恐怖を抱いていたのである。そして一旦飲み込まれてしまえば、もう本当に何も出来なくなってしまいそうに思えた。だから、無理やり自分を受験勉強へと駆り立てたのである。



 神経を擦り減らした私は、受験が終わると虚無感の中へと一気に崩れ落ちていった。というのもいつしか疲労感だけが生きる実感というような、異常な精神状態に陥っていたのである。つまり、結局虚無感と無気力からは逃げ切れなかったのである。また逃げてどうなるものでもなかったのだ。もはや意識があるだけで苦しく、身体を起こしているのも辛かった。そして生まれてきたことを後悔したし、これから先まだ生きていくことを想像するだけで恐ろしかった。



 つまり受験勉強で神経を擦り減らし、虚無感に飲み込まれていったのである。まず自分にも他人にも社会にも価値を見い出せず、虚無感は膨らみ上がるばかりであった。その虚無感から逃れるように、受験勉強にのめり込んだ。そして疲労感だけが生きる実感であるような、異常な精神状態に陥ったのである。虚無感に飲み込まれた後はもはや意識があるだけで苦しく、身体を起こしているのも辛かった。



生き抜く決意



 確かに、虚無感に飲み込まれはした。しかし、それでも結局生き抜く決意をした。最後にそのことについて書いておく。そして、それが私のひきこもり生活の出発点である。



 小学生の頃は、物理学者になりたかった。なぜなら相対性理論に関する本を読んで、その日常感覚とは違う世界観に驚いたからである。つまり緻密に思考を組み立てて、新たな世界観を構築することに興味を持ったのである。しかし「なぜ虚無感は消えたのか」で書いたように、中学生になると自分の内面という問題に気づいた。しかし唯物論的な科学的思考だけでは、その問題にどう取り組んでいいのかまるでわからなかったのである。



 絶望の背後で、弱々しいながらも冷静な思考がカラカラと回転を続けていた。つまり、確かに虚無感が生み出す絶望に打ち倒されはした。しかし絶望という単一の感覚だけで、意識全体が塗り潰されるわけでもなかったのである。そして今は高認と言うらしいが、大検を受けるために高校の教科書を読んでいた。特に倫理の教科書は、科学者志望でそれまで哲学というものと無縁だった私には新鮮だった。中でも実存主義の思想に共感を覚えた。



 生きることがどんなに無意味で苦痛に満ちたものだとしても、生き抜く決意をした。なぜなら人類が試行錯誤しながら、いろいろ考えてきたことを知ったからである。そして、私も自分の苦悩と向き合おうと思ったのである。また自分と似たようなことを考えていた人たちがいることを知って、孤独から救われた気がした。すなわち実存主義は、自らの存在と主体性にこだわっていた当時の私と親和性が高かったのであろう。そして、自分の苦悩が思想史的に位置付けられた気がした。



 要するに自分と似たようなことを考えていた人間がいたことを知って孤独から救われ、生き抜く決意をしたのである。すなわち、私も自分の苦悩と向き合おうと思ったのである。小学生のころは、物理学者になりたかった。しかし、中学生になると自分の内面という問題に気づいた。しかし、その問題にどう取り組んでいいのかまるでわからなかったのである。そして、倫理の教科書を読んで、実存主義の思想に共感を覚えた。当時の私と親和性が高かったのだろう。



まとめ



 ここまで書いてきたことをまとめよう。まず周囲の大人やクラスメートに失望していた。そして、自分にも他人にも社会にも価値を見い出せなくなった。そのようにしてもともとあった虚無感は膨らみ上がっていったのである。そして、その虚無感から逃れるように、受験勉強にのめり込んでいった。その結果神経を擦り減らし、結局虚無感の中に崩れ落ちていった。しかしやがて自分と似たようなことを考えていた人間がいたことを知って孤独から救われ、生き抜く決意をしたのである。





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三室戸弘毅

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