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あるアイドルへの想い




 一時期あるアイドルに夢中になった。今回はそのことについて述べようと思う。今まで述べてきたことと何か異質なことを、書くように思うかもしれない。しかしそうでもない。「ひきこもりと虚無感崩壊」で、ひきこもりによる挫折と孤独により虚無感は崩壊したと述べた。だが重要な要素が欠けている。それがそのアイドルへの想いである。これはあまり思い出したくない苦々しい記憶である。しかしそれに触れないと、話が嘘っぽくなるのでここで述べておく。




アイドルへの関心



 まずそのアイドルに関心を持つに至った経過を述べる。



 アイドル番組を見るようになった。「ひきこもりと虚無感崩壊」で述べたように家にひきこもり、さみしさを感じるようになったからである。子供のころは、芸能人に全く興味はなかった。周囲に直接会って話が出来る、生身の人間がいたからである。現実には何の接点もない芸能人に、関心を持つ理由がなかったのである。しかしひきこもるようになると、それによるさみしさを紛らすために、目の前の人間との関係の代替としてテレビを見るようになった。



 他人はテレビ画面上にしかいなくなった。確かに当初はアイドルへの関心は、生身の人間との関係の一時的な代替物のつもりだった。しかしひきこもり始めてから、10年ほどが経過した。そして虚無感に苛まれている限り、状況は変わらないと感じるようになった。だが当時の私にとって、虚無感はとても太刀打ち出来ないほどに強大なものに見えていた。つまりひきこもりという状態から抜け出すのが、非常に困難であることをようやく認識したのである。



 あるアイドルに惹かれるようになった。閉塞感の中で、彼女への想いは募った。いつしか彼女なしでは生きていけないとまで感じた。彼女を失うことを考えると、めまいや胃の痛みを覚えるほどである。本気で彼女に惚れてしまったのである。彼女への想いのせつなさは、虚無感に似ていた。自分にとって重要な何かが欠けているという不全感が、共通しているのである。つまり虚無感にとっては生きる意味が、彼女への想いにとっては彼女との関係が、である。



 つまり家にひきこもり、さみしさを覚えるようになった私は、アイドルに関心を持つようになったのである。そしてあるアイドルに本気で惚れてしまった。当初アイドルへの関心は生身の人間との関係の一時的な代替物のはずだったが、時間とともにひきこもりという状態が簡単に抜け出せるものではないことを理解するようになった。そしてその閉塞感の中で、そのアイドルへの想いは生まれたのである。そのせつなさは、虚無感に似ていた。



激しい葛藤



 そのアイドルへの想いは激しい葛藤を伴った。次にそのことについて述べる。そしてその葛藤が、虚無感を崩壊させたのである。



 彼女を現実に愛することを決意した。虚無感と似ているのなら、その想いを上手く扱うことが出来れば、虚無感に対処するためのヒントになるだろうからである。しかも彼女への想いは、漠然とした虚無感と違い、彼女という具体的対象を持っていた。だから虚無感よりも扱い易そうだった。そして虚無感に完全に追い詰められ、全てを失った私には、そこにしか突破口を見い出せなかったのである。また彼女への想いのせつなさだけが、世界に対する接点であり、感触だった。



 彼女を現実に愛そうという決意は、激しい葛藤を生んだ。何の接点もない彼女を愛そうということが、とてつもなく馬鹿げたことに思えたからである。それでも彼女への想いを受け入れるために、それを運命だと考えることにした。しかし運命という観念が酷く幼稚に思え、それにも強い抵抗を覚えた。同時に、自分のためだけに用意された、自分にしか理解できない運命という観念は、虚無感を抱えた私にとって非常に魅惑的でもあった。



 補足する必要がある。「ひきこもりと虚無感崩壊」でひきこもりによる挫折と孤独により、私は具体的な個人となったと述べた。だが実際には挫折と孤独だけでは、閉塞感の中でただ時間が過ぎただろう。つまり彼女という特定の個人を愛そうと決意することで、私は具体的な個人となったのである。また彼女を愛そうとすることで生じる葛藤により、全ての関心が自らの内面へと向かった。それが感覚への意識の集中である。そして虚無感は崩壊した。



 要するに彼女を現実に愛することを決意したが、それが激しい葛藤を生んだのである。そしてその葛藤により、虚無感は崩壊した。虚無感に似た彼女への想いを扱うことで、虚無感への対処のヒントが得られると考えたのである。また「ひきこもりと虚無感崩壊」でひきこもりによる挫折と孤独により具体的な個人となったと述べたが、実際には彼女という特定の個人を愛そうと決意することで私は具体的な個人となったのである。



彼女への想いの結末



 最後に彼女への想いの結末を述べておく。



 私の内面の葛藤の激しさに比べ、彼女の持つ穏やかさが酷く凡庸に思えてきた。彼女との関係を運命と考えることで、現実には何の接点もない彼女への想いを受け入れた。常識的に考えてそれがあり得ることならば、単に可能性の問題でしかなく、信じるとか信じないという問題ではない。しかし彼女との間に運命などあるとは思えないがゆえに、敢えて信じる必要があった。そして有り得ないことを信じようとするから葛藤が生じ、その葛藤によって虚無感は崩壊したのである。



 虚無感の崩壊とともに、彼女への想いは急速に冷めた。虚無感がなくなってみると彼女への想いも運命も、虚無感に対抗するために求めたものに過ぎなく思えたのである。そもそも彼女への想いのせつなさは、虚無感に似ていた。だから虚無感への対処のヒントになるだろうと、彼女への想いを受け入れたのである。つまりそれがなければその想いを受け入れることはなかったろうし、私の内面に何の変化ももたらさないまま、それは時間とともに自然と冷めていっただろう。



 彼女への想いは、釈然としない後味の悪い記憶となった。現実に接点がないだけに、想いが冷めはじめると、もうどうにもならなかった。それは、自らの意志で彼女との運命を信じようとしたのに、途中でその運命を放棄したのではないかという不安を生じさせた。もはや好きとか嫌いとかいう感情はどうでもよく、その運命という観念だけが問題となった。しかし気持ちが冷めてしまった以上、それ以上こだわっても過去の想いへの執着に過ぎないとも感じた。



 つまり虚無感の崩壊とともに、彼女への想いは急速に冷め始めたのである。そもそも彼女への想いが虚無感に似ていなければ、その想いを受け入れはしなかったろう。そして私の内面の葛藤の激しさに比べ、彼女の持つ穏やかさが酷く凡庸に思えてきた。そして彼女への想いは、釈然としない後味の悪い記憶となったのである。なぜなら自らの意志で彼女との運命を信じようとしたのに、その運命を放棄したのではないかという不安を感じたからである。



まとめ



 ひきこもりの孤独の中でアイドルに関心を持つようになり、あるアイドルに惹かれるようになった。そして私は、特定の個人を愛そうとする具体的な個人となったのである。またその想いは激しい葛藤を伴い、その葛藤は全ての関心を自らの内面へと集中させた。それが感覚への意識の集中であり、それにより虚無感は崩壊したのである。しかし虚無感が消えるとともに、彼女への想いも冷めていった。そしてそれは釈然としない苦々しい記憶となったのである。




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