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直観の概念化




 直観の概念化が、私にとって目下最大の課題である。ここでいう直観とは、自らの世界観に対する直観である。しかし直観を言葉に変え、それを矛盾なく組み立てるのに多大の時間と労力がかかる。その困難が、それ以外の行為をも苦痛にする。そこで今回は、概念化の困難を乗り越えるために、そもそも直観の概念化とは何なのかを整理しておく。今回は抽象的な内容に止まるが、具体的にどう克服するかは今後段階的に考える。



意識の階層構造



 まず意識の階層構造について述べておく。その方が話を進めやすい。



 現実感は、外的対象から構成され、知覚を基盤とする。ここでいう現実感とは、外的対象の総体としての世界が存在するという実感であり、個人としての知識と経験の総体とする。現実感は、外的対象に触れたり、それを見たりできることから生じる。したがって外的対象が、現実感を形づくる。外的対象に触れたり、それを見たり出来ることが、現実感を形づくっているのだから、現実感はそれらの知覚を基盤とする。



 知覚は現実感の一部である。目の前の対象が視界から消えたからといって、それがこの世界から消滅したとは必ずしも言えないことは知識や経験からわかる。私にとって外的対象は、単に触れたり、見たり出来るから存在するのではなく、知覚以上の広がりを持ち、知識や経験としても存在する。したがって外的対象から構成され、知覚を基盤とする現実感も同様に知識や経験としても存在し、知覚以上の広がりを持つ。



 私の意識は、世界観の一部として現実感があり、現実感の内部に知覚があるという階層構造を持つ。世界観と意識内容は同義である。世界観を、世界をどう感じ、どう考えるのかの自覚とすれば、この世界と関わりがないことなど考えようがないからである。そして個人としての知識と経験の総体である現実感は、世界観の一部である。世界観は個人の知識と経験の範囲を越えた世界全体を対象とするからである。そして知覚は現実感の一部である。



 意識内容とは世界観であり、それは個人の知識と経験の範囲を超えた世界全体を対象とする。意識は、世界観の一部として個人の知識と経験の総体としての現実感があり、その内部に知覚があるという階層構造を持つ。外的対象の総体としての世界に触れたり、それを見たりといった知覚が現実感を形づくる。つまり知覚が現実感の基盤を成し、外的対象が現実感を構成する。外的対象は知覚以上の広がりを持ち、それから構成される現実感も同様である。



意識における主体性



 次に意識における主体性について考える。



 意識における主体性が必要である。それがなければ、私は意識に操られる骨と肉の塊に過ぎない。ここでいう世界とは過去、現在、未来の全てを含み、ゆえにそれ全体は常に既に完結した無時間的存在である。それを私は現在という一点でなぞっているのであり、現在という時間の流れの中にいる。それを意識の階層構造全体の運動とその時間的展開として体験している。それは意識内容全体における体験であり、意識における主体性とはその体験の自覚である。



 いかにして現実感の統制を可能とするか。知覚以上の広がりを持つ外的対象を単に知覚の内部から漫然と眺めていても、それを上手く操作できない。しかし知覚に意識を集中することにより、知覚は明瞭化し、明確に対象化される。対象化するとは、その対象と距離を置くことである。したがって、知覚の外からその内部を見ることになる。そして知覚を含む現実感全体に対する俯瞰的視点を得る。その結果外的対象に働きかけ、現実感を統制することが可能となる。



 現実感を統制することにより、意識における主体性を得る。現実感は外的対象から構成される。したがって種々の外的対象に働きかけることにより、意識内でそれらを結びつけ、統制できる。現実感を統制することで、それは対象化される。つまり現実感の外から現実感を含む世界観全体を俯瞰し、その階層構造を直観することが出来る。その結果意識の運動とその時間的展開は、自覚的な意識内容全体における体験となる。



 意識における主体性とは、意識の階層構造全体の運動とその時間的展開という体験の自覚である。知覚に意識を集中することにより、知覚の外から現実感を俯瞰できる。その結果外的対象に働きかけ、種々の外的対象を意識上で結びつけ、現実感を統制できる。現実感を統制することにより、それを対象化し、世界観全体を俯瞰する。そして意識の階層構造を直観する。その結果意識の運動とその時間的展開は、自覚的な体験となるのである。



直観の概念化



 最後に直観の概念化について考える。



 世界観を現実感の中に引き込む。世界観の対象は、個人の知識と経験の範囲を超えた世界全体である。それは、俯瞰し、直観できるだけでその細部の全てを理解することは出来ない。したがってそれを明確に対象化することは出来ず、対象化されるのは個人の知識と経験の総体である現実感である。しかし世界観への直観を概念化することにより、それを知識に変え、世界観の一部を現実感の中に引き込める。そして目の前の対象と世界観全体との間の繋がりを実感する。



 直観を概念化することにより、意識における主体性を維持する。直観を概念化し世界観を現実感の中に引き込むことで、現実感は世界観の一部として相対化され、明確に対象化される。対象化されることで現実感は統制され、統制されることでさらに対象化される。そして意識の階層構造全体への俯瞰と直観は維持される。つまり直観の概念化とは、意識の階層構造全体の運動とその時間的展開である。そしてその自覚が、意識における主体性である。



 直観の概念化とは、意識における能動性である。意識における能動性とは、外的対象への意欲と行動である。それがなければ、外的対象に働きかけ、現実感を統制できない。概念化は、勉強という外的対象への意欲と行動を伴う。概念化とは言語化であり、予め多くの知識があった方が有利だからである。外的対象の総体としてのこの世界と関わりのない知識などあり得ない。したがって知識とは外的対象に関するものであり、勉強は外的対象への意欲と行動といえる。



 直観の概念化とは、意識の階層構造全体の運動とその時間的展開であり、意識における能動性である。またその自覚が意識における主体性である。直観として与えられる世界観を概念化し、現実感に引き込むことで現実感を世界観の一部として対象化できる。現実感を対象化することにより、世界観への俯瞰と直観は維持される。意識における能動性とは、外的対象への意欲と行動である。そして直観の概念化は、勉強という外的対象への意欲と行動を伴うのである。



まとめ



 意識内容とは世界観である。そして意識は、世界観の一部として現実感があり、その内部に知覚があるという階層構造を持つ。現実感を統制することにより、世界観への直観を得る。そして意識の階層構造全体の運動とその時間的展開は自覚的体験となる。それが意識における主体性である。そして直観の概念化とは、意識の階層構造全体の運動とその時間的展開であり、意識における能動性である。そしてその自覚が意識における主体性である。



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Comment
こんばんは
知識と動きですかね?
直観とは言いますが、すごく簡略化された速い思考によるものだと思います。
自分と世界観を対象物とするならば、把握しきれない世界観は、同じ数だけ自分を把握出来ていないと言う事。
自分を構成しているのは、自分以外の物でしょう。
突き詰めれば、この世の全てを内包しているのは何か?制限やルールのある思考や言語で表せる物なのか?
Re: こんばんは
> 知識と動きですかね?
> 直観とは言いますが、すごく簡略化された速い思考によるものだと思います。
> 自分と世界観を対象物とするならば、把握しきれない世界観は、同じ数だけ自分を把握出来ていないと言う事。
> 自分を構成しているのは、自分以外の物でしょう。
> 突き詰めれば、この世の全てを内包しているのは何か?制限やルールのある思考や言語で表せる物なのか?



コメントありがとうございます。出来れば名前を入れて頂けるとありがたいです。



ここでいう直観はこの記事の中で述べたように、知覚と現実感の対象化という過程を経て獲得するものであり、一般的な意味での思考とは別のものです。



またこの記事での直観とは世界観に対するものであり、世界観とは個人の知識と経験を超えた世界全体を対象としています。つまりここでの直観の対象は個人の知識と経験を超えたものです。そして記事の中で述べたように、直観の概念化とは意識全体の運動であり、その時間的展開です。しかし概念自体は個人の知識と経験の範囲の問題なので、ここでの定義上世界観全体を完全に概念化することは不可能です。しかしそうだとしても記事の中で述べた通り、直観の概念化こそが意識における主体性であり、能動性であるということです。

すいません
少し解ってきました。

直観の中には、無意識的要素も入っていませんか?
Re: すいません
直観の対象を世界観とし、この記事で述べたように世界観と意識内容を同義とするなら、直観の対象には無意識的内容も含まれるでしょう。とはいえ無意識が心的過程に重点をおいた概念だとすると、世界観を問題とする以上、単に心的過程というより、私は自己の意志と外界としての世界との関係性を重視しているということです。
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三室戸弘毅

  • Author:三室戸弘毅
  • 40代。男性。
    うつ病をきっかけに、15の頃から20年以上ひきこもってます。
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